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2009年11月5日、バンコクに赴任しました。2011年9月1日、東京に戻りました。2013年10月1日、福岡に移住しました。
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近所のスーパーで久しぶりにカニを買いました。
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鳥取県産。

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ベニズワイガニですね。

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身入りはなかなか良かったです。

一般的に「ズワイガニ」という種名は知られていると思うのですが、これは「ベニズワイガニ」。ズワイガニは極めて旨味の強いカニです。それに比べるとベニズワイガニは、確かに明らかに旨味が劣ります。また、ベニズワイガニは身質が柔らかく、若干水っぽいんですよね。味を比べると、ベニズワイガニは、ズワイガニに比べて1歩も2歩も劣るのですが、その代わりベニズワイガニの値段は、ズワイガニに比べると格安です。今回の個体は780円。これがブランドズワイガニである「松葉がに」だったら10倍払っても到底買えません。そう考えると、ベニズワイガニ、十分アリです。

ただし、今回の個体は、鮮度がベストではなかった。エビ・カニの嫌いなウチの2年生、「すっごいカニのにおいがする」と言ってイヤな顔をした。確かに。おそらく多くの人が想像するいかにも、といった感じのカニのにおいがする。

あぁ・・・ウチの2年生のエビ・カニ嫌いは、もしかしたら鮮度のせいかもしれんね・・・。お前の叔父さんは、アレルギーでエビだったら、活けしか食えないし。しかし、このにおいがしない生のカニはスーパーには売っていないと思うのです。だから、もちろん今回のカニも、食べるにあたって全く問題はありません。しかしながら、活けのカニはほぼほぼ無臭なのですよ。

私には、カニマニアとして、「カニは調理する時点で活きていなければならない」という持論があります。これを貫けば、ウチの2年生がカニ嫌いになることは無かったのかもしれない。これを反省点として、今後、我が家でカニを食う時は、必ず活け、もしくは浜茹でのお取り寄せとしよう (アレ? そんなことしたら、我が家は経済的に破綻かな? ^_^;)。
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テスト
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The Nagasaki Press紙、1907年7月2日

          ただいまオープン
                有明ホテル
               雲仙、新湯地区
                  -----
            新築。丘の上の最高の立地。
             風通しの良い広いお部屋、
          家具調度は最新のモダンなスタイル。
               完璧なおもてなし。
                   とてもお得な料金設定
                    M. Kurihara,
                      経営者兼支配人
          1907年6月27日

*1920年、1909年、1908年に続いて、創業3年目、1907年の有明ホテルの広告です。
*1行目の“Just Opened”は、ホテル自体がオープンしたばかり、の意かそれとも1907年シーズンのオープンを意味するのか???
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The Nagasaki Press紙の1909年8月25日より。

                   雲仙ホテル、
                   雲仙温泉
                 日本、長崎近郊
                    -----
               第1級のファミリーホテル
                    -----
               全室、家具調度を一新
                    -----
                 新体制で営業中
               F. NAKAMURA, 経営者
               1909年8月12日

*1896年に創業した雲仙ホテルが、1897年に“NEW UNZEN HOTEL”として広告を出し、1909年に家具調度を一新・・・そういうことでしょうかね?

*こういった今は無きホテルの歴史というのは、なかなか情報がありません。
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The Rising Sun and Nagasaki Express紙、1897年6月30日より

                 今シーズンのオープンです
                     新雲仙ホテル
                    雲仙、新湯地区
                       -----
            全てが洗練されたモダンなヨーロッパ様式。
          ご家族や長期滞在者向けには特別な宿泊便宜あり。
          すばらしいベッドに美しいお部屋、良心的なお値段。
                  T. ARAKI、支配人
          長崎、1897年5月15日         R. S. & S. L.

*手元の資料によると、雲仙ホテルの創業年は、1890年(明治23年)と1896年(明治29年)が併記されており、ちょっと混乱しています。いずれにしても雲仙ホテルは、昭和の終わりごろに廃業したため今はありません。
*1897年の新聞広告に“NEW UNZEN HOTEL”として出ているという事は、創業は1896年でしょうか?
*署名の日付が5月です。当時の雲仙では、冬場はお休み。5月頃から営業を始めて、冬前に営業を終わっていたんですよ。 

*例によって「手元の資料」:長崎県編 (1984) 国立公園「雲仙」指定50周年記念---「雲仙の歴史」---.
1) 長崎県編 (1984) 「雲仙の歴史」。 長崎県、長崎市。
 これは雲仙国立公園指定50周年を記念して刊行された書籍のうちの一つ。非売品でしたが、長崎県内のたいていの図書館にはあるでしょう。個人で欲しいという方は、ちょっとお高い値がついていますが、古本屋で購入できます。

2) 田代藤良著 (1969) 「長崎県観光事典」。 長崎県九州観光文化協会、長崎市。
 これは1969年に開催された長崎国体を記念して刊行された観光案内書。巻末に230円の記載があるので、販売された物のようです。

3)小浜町史談編纂委員会編 (1978) 「小浜町史談」。小浜町、小浜町。
 小浜町役場編纂の町史。非売品ですが、長崎県内の図書館にはどこにでもあるはず。

*このカテゴリー内で記述される年号などの歴史的事実は、特に注記が無い場合、上記3冊のいずれかを根拠とします。
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Nagasaki Press、1908年8月1日付け

               東洋ホテル、
              雲仙、新湯地区
                 -----
            第1級のファミリーホテル
          行き届いたお世話と良心的な料金
                       飛永
                    経営者兼支配人

*さて、Toyo Hotelとは何ぞや? 現在の雲仙には、似た名前のホテルとして、ホテル東洋館がありますが、この広告は現在のホテル東洋館とは関係なさそうです。1908年の雲仙新湯地区にあったToyo Hotel。一体どんなホテルだったのでしょう?とりあえず、全く情報がありません。
*Toyo Hotelが『東洋ホテル』だったかどうかも分からないので、とりあえず当て字です。
*Tobinagaも漢字は分かりません。でも、『飛永』という苗字が雲仙・小浜地区には多いようです。
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The Nagasaki Pressの1909年8月の紙面にほぼ毎日掲載。

            雲仙温泉
              有明ホテル、
              雲仙(日本、長崎近郊)
                  -----
                新築の建物
                  -----
         適切な料金。ご家族や長期滞在者には
                特別料金あり。

*有明ホテルの広告です。有明ホテルのHPによると、『有明ホテルは明治37年に創業し、有明海にちなみ命名致しました。いつの日か外国人のお客様によって“ユウメイ”と発音されるようになり、今日に至っております。』との事。明治37年は西暦1904年。創業5年目には、すでに“ユウメイ”と発音されていたわけですね。以来、実に100年以上の歴史あるホテル。
*この広告にあるように、当時は外国人の長期滞在者が多かったのです。
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The Nagasaki Pressの1897年9月7日からしばらくの間毎日掲載。

                  高来ホテル、
                     雲仙
                  ----------
                   お知らせ
                  ----------
雲仙の高来ホテルは、この冬もずっとお客様のために営業を続ける予定
です。本日より、非常にお得なご利用料金をご用意させていただきます。

お部屋に暖炉と煙突が完備された、この地区では唯一の山岳ホテルです。

文末の署名者は、このホテルの経営においては、外国人によるいかなる
管理も行われていない事を、ここにご通知いたします。

                               ISHIDO MICHIDO、
                                  支配人
                               雲仙、1897年9月7日

手元の資料によると、高来ホテルの創業は1897年(明治30年)。つまりこの新聞広告は、高来ホテル創業年の広告ということになります。雲仙では1900年前後に多くのホテルが開業しています。高来ホテルもその一つ。夏場のみの営業というホテルも多かったようです。この頃の雲仙は長崎市内のみならず、上海や香港などの海外からも多くの外国人が夏のバカンスを過ごす避暑地でした。

同資料によると、“英国人リーレー経営の高来ホテル”と書かれているのですが、上記広告最後の段落の文章はそれに相反するような気がします。しかし、一体ナゼ外国人は経営に関与しない、なんて事をわざわざ広告に書く必要があったのでしょうか?

*手元の資料:長崎県編 (1984) 国立公園「雲仙」指定50周年記念---「雲仙の歴史」---.
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The Nagasaki Pressの1910年8月の紙面にほぼ毎日掲載。

                       高来ホテル
                     雲仙、長崎近郊
                      ----------
                  新体制によって再オープン
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              雲仙における最大かつ最良な立地のホテル。
              30以上の風通しの良い部屋は全て浴室完備。
                      ----------
                適切な料金。 行き届いたお世話。


*高来ホテルはかなり古い時代から英字新聞に広告を出しています。1910年夏には、この広告と昨日の広告が同じ紙面に掲載されています。高来ホテルは昨日のホテルグループに入っていなかったという事でしょうか?

*ちなみに高来ホテルは昭和の中ごろに廃業しているようです。今はありません。