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2009年11月5日、バンコクに赴任しました。2011年9月1日、東京に戻りました。2013年10月1日、福岡に移住しました。
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初めて来ました。

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こりゃ、良いね・・・

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大村湾と長崎空港まで見渡せます。
この芝生の斜面、パラグライダーの出発基地になってます。今日も4~5人のライダーが風待ちをしてました。

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1年生は、草そりが気に入った模様。

この公園、良いね。
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あっ! ウサギのウンチ発見!!! そっか、ノウサギがいるのか。
10連休は、近場で安上がりに過ごしますよ。
大村湾岸のスーパーで発見。
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イセエビに匹敵は言い過ぎでしょ・・・

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大村湾産イシガニ。
塩ゆでOK! みそ汁OK!って、既に茹でなんですけど??? つまりこれは、昨日活けで売られてた物が、今日は茹でられて売られてるってことでしょうね。このサイズのイシガニって、活けなら味噌汁に十分使えるけど、茹でだと使い道が無いだろう・・・

と思いきや、
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あれ? 3歳児、食ってる!

考えてみると、3歳児がこのサイズのイシガニ食うのと、オレが巨大なケガニ食うのって、相対的な大きさからすると、同じようなもんか? イシガニ、大きめの物は、茹でで食って十分美味いんだけどね。

それから、
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今年1月以来の大皿皿うどん!
第1回第2回に続く、小浜温泉の古写真まとめの第3回です。ここまでの結論は、明治中期の小浜温泉には、現在の波の湯「茜」のご先祖様と言えるような、波打ち際の温泉が2つあった。1つが「天徳湯」、もう1つが「新湯」と呼ばれていた可能性が高い、です。ただ、断定するには文献情報が少な過ぎなので、ここでは暫定的に第1回の露天風呂を天徳湯(仮)、第2回の露天風呂を新湯(仮)と、命名しておきます。

さて、次。これも本邦初公開です (と思ってたんですが、こちらのブログによると、この写真のコピー絵葉書が「熱海温泉」として売られているらしいです ^_^;)。ただ、少なくとも長崎大学付属図書館には収蔵されていませんね。
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タイトル無し・小浜海岸1」 鶏卵紙プリント
この写真は、台紙に張られているのですが、おそらくは個人のアルバムがページごとにバラされた物だと思います。欧米の古書店には、この手の「アルバムをバラしたページ」が良く売られています。アルバム丸ごとよりもページにバラした方が、トータルとして高く売れるんだと想像します。あ、やっぱり後姿の男がいるのにも注目して下さい。

この写真は、台紙に「Hospital in Nagasaki」(長崎の病院)という少々謎の手書き文字。さらにこの台紙の裏面には、フィリピンの教会の写真。なかなか意味不明なのですが、100年以上前に作られて、いつバラされたのか?も分からない個人アルバムの来歴を想像しても決して正しい答えにはたどり着かないでしょうから、あまり気にしないのが吉です。大事なのはあくまでも写真そのものが持つ情報です。フォトショップの無い時代、写真はウソをつきませんからね。

第2回の新湯(仮)が、コレですから・・・
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少なくとも建物は、大変良く似てますよね? でも、もうダマされないぞ!(笑)

さて、今回の露天風呂、天徳湯(仮)でしょうか? それとも新湯(仮)でしょうか? 比べてみましょう。
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上: 天徳湯(仮)
中: 新湯(仮)
下: 今回の露天風呂

あれれ? 今回の露天風呂は、天徳湯(仮)とも新湯(仮)とも明らかに違うじゃん! ということは、小浜温泉の波打ち際における第三の露天風呂の発見かっ!? 波の湯「茜」には、3人のご先祖様がいるのかっ!???

しかしですね、右脇の石垣を拡大すると・・・
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左: 新湯(仮)
右: 今回の露天風呂
これは、同じ場所と言わざるを得ないでしょう・・・石垣がここまで偶然に類似することはあり得ません。というわけで、建屋の形は違いますが、今回の露天風呂は、新湯(仮)で決定です。

建屋の形が違うと同時に、右の旅館、第2回の写真には、竹(?)で支えたベランダがありますが、今回の写真にはありません。これは正真正銘、年代の差です。さて、では、どっちが古いんでしょうか? ・・・・・・・・・おそらく今回の写真の方が古いんだと思いますが、まだ精査できていません。どなたか、研究してみませんか? 高画質のスキャンをお送りしますよ!

この写真より10年くらい後の時代と思うのですが、明治34年出版の西洋人向け英文ガイドブックには、こう書かれています。「小浜の村は、海から見ると、絵のような美しさです。長い支柱で支えられたベランダを持つ家々が、高い石垣の上に建てられています。(The village has a picturesque aspect when viewed from the sea, the houses being built on a high stone embankment with their verandahs supported on long poles.)」 あ、正に写真の通りじゃん! 次回に続く。
最近、ラーメン率高いなぁ・・・
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4月22日、福岡空港3番搭乗口付近の「一蘭」にて。
12時ちょい過ぎ。行列だったらイヤだなぁ・・・と思って店に入ったんだけど、何と!先客が3人しかいない。私が座るとほぼ同時に2人組が食べ終わったので、瞬間的に店内には私を含めて2人しかいなかったかも。昼の一番人が多くてしかるべき時間帯にこの状態って・・・福岡空港一蘭、先は長くないかもね・・・だって、ラーメン+替え玉1で1,080円って、(以下、略)。

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4月23日、東京出張、「博多天神」の新橋1号店にて。
東京における元祖長浜屋インスパイアが、「博多天神」。未だにラーメン+替玉1で500円。これって、一昔前の博多の値段じゃん! 今や博多の元祖長浜屋は、ラーメン550円+替え玉150円。「博多天神」が、都心でワンコインを維持してるのはスゴい!!! ただし、東京在住の頃は、元祖長浜屋に結構近い味だと思ってたけど・・・今食うとかなり違いますね ^_^;)

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4月25日、久留米市出張、久留米駅前の「来福軒」にて。
久留米ラーメンって、博多ラーメンや長浜ラーメンには、無い独特の豚骨風味と言うか、コクと言うか・・・久しぶりに食うと、実に美味い! しかし、これは、毎日食うと絶対飽きると思う。

結論。
1)ラーメンという食べ物は、この宇宙で元祖長浜屋だけで良い
2)出張が多いと、ダイエットとか減塩は無理
こちらの続きです、第2回目。第1回を読んでない方は、ぜひ左リンクからどうぞ。
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「Shimabara Nagasaki」 絵葉書
これは絵葉書ですが、元ネタは長崎大学附属図書館のこちらですね。つまり、タイトル「H17 SHIMABARA」を絵葉書にコピーした物。私は未だオリジナルの鶏卵紙プリントが入手できていません。長崎大学付属図書館のデータベースにも高精細画像が入ってないので、残念ながらイマイチ使えない。

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「260 OBAMA」 鶏卵紙プリント
上の「Shimabara Nagasaki」と同じ海岸沿いの温泉ですよね。ただ、カメラがより引いた位置です。後姿の男が1人いるのにも注目しておきましょう。

さて、前回と今回の露天風呂、いずれも海岸の波打ち際、周囲の風景もよく似ています。比べてみましょう。
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上: 前回の露天風呂
下: 今回の露天風呂
屋根の角度や柱の造りが明らかに違います。でもね、私は一目見て、これら2枚は同じ露天風呂で、建屋の形が違うのは、年代の違いだろうと思い込んでしまいました。だって・・・こんな海岸の波打ち際の特徴的な露天風呂を見たら、先ずは直感的に同じ場所だろう、と思ってしまいません? それに、この手の簡素な屋根だけ建屋は、台風が来れば一発でしょうから、短い時間間隔で建て替わっても不思議はありません。では、どっちが古いのだろう? それが知りたくて、写真をよ~く眺めたんです。

結果、分かったのはですね・・・前回の露天風呂と今回の露天風呂は、別の場所です。周りの風景は良く似ているんですが、これは、当時の小浜温泉の風景がどこも雰囲気的に似ていたためであって、細部が一致しないんです。一旦、同じ場所で、時代が違うのだろう、と思い込んでしまうと、抜け出すのに苦労しました。細部が違っていても、それは時代の差だろうという目で見てしまうので、抜け出すのにエラい時間がかかりましたよ。詳細は省きますが、この2つの露天風呂は別の場所です。ただし、背景を比べると、それほど離れた場所ではないはずです。

そっか・・・当時の小浜温泉には、こんな波打ち際に2つの露天風呂があったんですね・・・。今現在、小浜温泉の海際には、波の湯「茜」ってのがあるじゃないですか。これって、観光客目当てに安易に波打ち際に造ったのかと思ってたら! 満潮時に波が入ってくるような場所に温泉があるのは、少なくとも120年以上前からある、小浜温泉の伝統じゃないですかっ! イヤ、写真が残ってるのが120年前というだけで、実際にはおそらく何百年も前からあったのでしょうね。そう思うと、波の湯「茜」の魅力倍増! また行こう。できれば、高潮の時とかに行ってみたいね! ^_^;)

で、この2か所の露天風呂が同時に写っている写真がありました!
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「261 OBAMA」 鶏卵紙プリント
この写真、長崎大学附属図書館に収蔵されているのですが、私は未だ実物が入手できていません。ただ、幸いに長崎大学附属図書館に高精細画像(こちらです)が用意されているのでありがたい。

高精細画像を画面キャプチャで切り抜きます。
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ホラねっ! 一目瞭然! 左が、前回の露天風呂。右が、今回の露天風呂。

これを文献と照らし合わせるとですね・・・
小浜温泉図  ←クリックで拡大
長崎県衛生公害研究所編(1988)『長崎県衛生公害研究所報 第29号(昭和62年度論文集)長崎県温泉誌II 小浜温泉』 長崎県衛生公害研究所. P. 31、図10を引用。

前回の露天風呂が「天徳湯」、今回の露天風呂が「新湯」の可能性が高いと言えそうです。ただ、これだけの情報から結論を出すのは、少々心許ない。確定的な事を言うには、新規の文献発掘が望まれますね。次回に続く。
こちらの続きですね。
モンキー・パンチさん、亡くなっちゃいましたね・・・モンキー・パンチと言えばルパン3世、ルパン3世と言えば次元大介、次元大介と言えばS&WのM19の4インチ!
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はい、S&W M19 4インチ。

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手元にあるS&W M19 4インチは、この1丁だけですね。CMC製です。発売はいつ頃ですかね・・・

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手元にある月刊誌『GUN』の1982年9月号に「新発売」と書かれているので、この頃なのでしょう。私は、リアルタイムでは買えなかったので、いつだったか? ヤフオクで買った物です。最近では、ヤフオクにCMCのモデルガンが出品されることも少なくなりましたね。ただ、この製品の金型は、現在、HWSが持っていて、たまにスポット生産されるので、5年くらい待ってれば、また再生産してくれるでしょう。HWS製は、細部が改良されているんですが、私にとっては、子供の頃憧れていたCMC製に意義あり、です。

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コクサイ製(この辺参照)と比べると、このフレームトップが薄く、実にリアルな形状なんです。

それに・・・
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ハンマースパーの形状。パッと見た目、実物にそっくり! コクサイ製は、この部分が全然ダメなんです。

S&W M19は、バンコク時代に撃ったことがありますが、CMC製のM19を触り慣れていると、実物を握っても全く違和感が無いんですよ。それくらい良くできたモデルガンですよ、これは。ただし、CMCのM19には、リアルな形状のモデルガンならではの欠点というか、「持病」があります。それがこちら、
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フレームのメインスプリング付近に亀裂が入るんです。この個体は、かなり派手に割れちゃってます。で、この部分が割れちゃうと、多くの人がメインスプリングスクリューを抜いちゃうんですよね。上写真もメインスプリングスクリューが入ってません。ヤフオクで購入した時点でこの状態でした。だから、メインスプリングスクリューは欠損してました。ただ、この部分には、プラスチックの内部に亜鉛合金のフレームが入っているようで、ここまで割れても破断することはありません。

ただ、CMCのM19には、少々問題というか不思議な点があるんです。メインスプリングスクリューを抜いちゃうと、ハンマーがコックできなくなります。なぜかというとですね・・・
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オレンジ〇部分で、メインスプリングとリバウンドスライドが干渉してしまうからなんです。これ以上、親指でハンマーを起こそうとすると、メインスプリングはたわんで、右に移動しようとするし、リバウンドスライドは、トリガーを介して左に動こうとするので、にっちもさっちもいかなくなる、と。この部分、実物ではどうだっけ・・・? 実物では、メインスプリングスクリューは目いっぱい締めこんで使うのがデフォルトです。特殊な競技用の銃では緩めることもあると思いますが、完全に緩めたら作動しないとは思えないですよね・・・?

CMC M19は、メインスプリングを緩めると、ハンマーがコックできない、と覚えておきましょう。ヤフオクで、「ジャンク。ハンマーがコックできません」というCMC M19をいくつか見たんだけど、メインスプリングスクリューを目いっぱい緩めてるか、抜いてる例が多いんじゃないでしょうか? そういう個体は、お買い得の可能性があります。この個体が正にそうでした。

メインスプリングスクリューを緩めないとフレームが割れる → だから、メインスプリングスクリューを緩める → そうするとハンマーがコックできない → でも、それだととつまんない。ですよね? でもね、私は、研究の末、この製品発売後37年目にして、この問題の解決方法を見出しましたよ! 次回に続く。
今日は、6歳児と3歳児が、生まれて初めてボーリングをしました。
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6歳児、

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えいっ!

3歳児も、
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両手で、えいっ!

3歳児は、さすがにちょっと無理があったか ^_^;) ただ、6歳児もそれほど楽しそうではなかったんだよなぁ・・・。ウチの6歳児は、自分の思い通りに事が運ばないと、つまらないタイプだからねぇ・・・ ^_^;) まぁ、近い内にもう1回くらい来てみるか?
さて、唐突ですが、ここで長崎県小浜温泉の古写真をまとめたいと思います。
雲仙温泉は、学術論文にまとめたのですが、小浜温泉は、時間が無く、手持ちの古写真が整理できなくなってきてるので、自分のための備忘録のようなものです。先ずは、小浜温泉の海岸線が写った写真から。下の写真はいずれも明治中期、おそらくは明治20年代です。
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『A 178 OBAMA AT NAGASAKI. 』 鶏卵紙プリント
この写真は、長崎大学付属図書館にも収蔵されています(こちら)。古写真研究をするにあたって、先ずは長崎大学付属図書館のデータベースを参照した私にとって、この写真は、小浜温泉における古写真収集の原点です。最初の頃は、この写真の風景が今のどこなのか? 全く分かりませんでした。何しろ120年以上前。それに小浜温泉の海岸線は、明治期に埋め立てられてます。この写真を見ると、建物が斜面にへばり付くように、海岸線に沿っています。そりゃ、確かに埋め立てて陸地を増やしたかったでしょうなぁ。

自分で現地に行って調べると共に、フェイスブックのグループ「FB UNZEN FAN CLUB」で聞いたりして、ようやくこの写真の場所が分かりました。国道251号線を南下すると、小浜温泉のほぼ中心部、雲仙温泉へ向かう国道57号線が左に分かれる交差点付近、今ではホテル・オレンジベイとかリンガーハットがあるじゃないですか。この写真は、おそらくこの辺から北を向いて撮られています。正確には、今の251号線自体が埋め立て地だと思いますから、交差点よりもっと陸側、今で言うと・・・「よしちょう」とか「うぐいすや」の裏くらいが、この写真を撮ったカメラの位置かもしれません。この写真については、以前も書いたので、こちらもご覧ください。

さて次。
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『A 179 HOT SPRING OBAMA AT NAGASAKI. 』 鶏卵紙プリント
この写真を発掘した時は、本当に驚きました。人が写ってる! しかもみんなはだかぼん! しかも混浴! この写真によって初めて小浜温泉の海岸沿いの温泉の様子が分かりました。それまで、文献では、「満潮時には海水が湯船に入ってくる」なんて記述を見たことはあったのですが、この写真を見れば一目瞭然。確かにこりゃ、満潮の時は危ういよ。高潮の日は入れませんな。それに、ホントに混浴に違和感が無かったんですね・・・って、言うか、よそから丸見えの露天風呂だし。

それに当時の湯船というのは丸型だったんですね。コンクリート製でしょうか。それほど大きくはない印象ですね。このサイズだと、1人で入れば超ゆったりですが、公衆浴場としては意外と小さい。右に立ってる青い服の男が湯守でしょうね。で、みんなこっち見てる。つまり、写真に撮られてるのが分かってるんです。裸を撮られるのも、発売するのも憚られることは無かったってことですね。

おんせん県別府の公衆浴場って、古くから大きな湯船がど~んとあったんだけど、小浜温泉は何でこんなに小さい湯船が複数あるの? それに、この湯船にどうやって湯を入れてたの? まさか湯船の真下に源泉があるわけじゃないよね? 何しろ小浜温泉の源泉の温度って、105 ℃という日本最高のミラクル熱々温泉ですから、源泉をどこかで冷やして湯船に入れないと、釜茹での刑です。どうやってこの湯船に湯を入れてたんだろう・・・? まぁ、この時代ですから、桶を使って完全人力という可能性もありますが、上写真の右上を拡大すると・・・
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ホラ、ね? 何やら「ザ!鉄腕!DASH!!」でTOKIOが作りそうな、何らかのディバイスがあるんです。もしかしてコレって、湯をくみ上げるのに関係してないかね? あ、それから、特に左下の湯船、どうやって湯を抜いてたの??? 古写真というのは、多くの謎を解いてくれると同時に、同じくらい多くの新たな謎を提供してくれます。だから辞められない。この写真も、以前書きましたので、こちらもご覧ください。

次。
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『Obama at nagasaki』 絵葉書(エンタイア)
さて、これは見ての通り、上の『A 178』をコピーした絵葉書です。ありがたいことにエンタイアで1906年6月のサインがあります。1906年は、明治39年ですね。おそらく写真の撮影から15年くらい経っているはずです。この絵葉書は、多くの枚数が発行されたらしく、今でも比較的良く目にします。明治最末期には、多くの鶏卵紙プリントが絵葉書にコピーされました。これも、そんな1枚。

次。
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『OBAMA AT NAGASAKI.』 絵葉書 
これも1つ上と同じ、『A 178』をコピーした絵葉書です。でも、画面左奥の海岸線の様子がまるで違いますよね? さてこれはなぜでしょう? 答えは日露戦争。日露戦争に伴う対外機密保持のため、日本の海岸線が分かるような写真には、検閲が入ったというわけ。それで、海岸線の様子が分からないように消されちゃったんですね。

小浜温泉には、「〇〇湯」という名の付いた温泉が多くあったのですが、意外なことに正確な場所が良く分かっていません。どういうわけか、小浜温泉は、明治の埋め立て以前の古い地図がほとんど残っていないのです。イヤ、「ほとんど」ではなく、「全く」と言っても良いかもしれません。よって、上写真に見られる露天風呂が何湯か? 良く分からないんですが、今のところ、これは「天徳湯」ではないか? と思っています(これについては後日、再度触れます)。次回に続く。
久しぶりの元祖長浜屋。
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やっぱさ、ラーメンという食べ物は、この宇宙で元祖長浜屋だけで良いと思うよ。

それでですよ、この4月1日から替玉が100円→200円に値上げされたんです。それがっ!4月15日頃には、150円に値下げ。いきなり2倍に値上げして、その2週間後には半分値下げ。 経営者、経営戦略とか何も考えてないんでしょうなぁ・・・これでこそ、元祖長浜屋ですよ!

替玉が50円から100円に値上がりする前、やっぱり2週間程度のホンの短い間だったんですが、75円の時代があったのを覚えている人はどれくらいいるでしょうか? 一旦75円にしたものの、「お釣りが面倒」という理由で、2週間くらいで100円に値上がりした記憶があります。バブル最末期の時代だったかなぁ・・・。イヤ、だから、この時代から元祖長浜屋の経営者って、何も考えてないんですって ^_^;) それでこそ元祖長浜屋! 

もちろん、私は、仮に替玉が300円になっても付いて行きますよ!!!
この辺とかこの辺とかこの辺とかこの辺の続き。
久しぶりに桂花ラーメン、熊本駅にて。
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博多で長浜ラーメンや博多ラーメンばっかり食ってると、やっぱり新鮮な味ですね。

桂花ってやっぱりスープの味が変わったと思います。味千ラーメンに吸収されて、スープが変わったんじゃないかなぁ・・・。依然として私は嫌いではないのですが。私にとっては、基本の熊本ラーメンの味なんですが、地元の人に言わせると、もしかしたら違うかもな ^_^;) 

桂花ラーメン、一時期福岡にも複数の店舗があったんですが、いずれも撤退しちゃいましたね。やっぱ、博多で博多ラーメン/長浜ラーメン以外でやっていくのは、ハードルが高いんでしょうかね。でも、今ウェブで見たら、東京都内の店舗が激増してるじゃん! やっぱりね、ラーメンとしては美味しいと思いますよ。たまに食いたくなるよなぁ・・・ただし!基本の桂花ラーメンで700円超、太肉麺に至っては900円超でした。高い。この値段で、博多でラーメンをやっていくのは、ほとんど無理でしょう。なんだかんだ言っても長浜ラーメンって、まだまだ安いからね。

しかし、熊本に行かないと桂花を食えないというのは、何とも寂しい限り。