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2009年11月5日、バンコクに赴任しました。2011年9月1日、東京に戻りました。2013年10月1日、福岡に移住しました。
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海外オークションで、大変興味深い絵葉書を落としたので紹介しましょう。どれくらい興味深いか? というと、私が数年前に発表した学術論文を要微修正かっ!? というくらい。個人的には興味深いどころか、ちょっとショックかも? てな感じなんです(まぁ、マニアな世界なんで、興味の無い方は、以下スルーでお願いします ^_^;)。

なので、私が買う絵葉書としては異例の10ユーロ(送料込み)という大枚を叩いて購入しましたよ! なんですが、本題である絵葉書の「絵」(写真ですが)は、次回ということで、今回は前段です。

この絵葉書、エンタイア(使用済)です。裏面(絵のある面)に書かれた送り主は、シャルル・トゥランという男性。手書きで「1903年11月5日、日本」の表記あり。1903年という事は、明治36年。「西伯利亜経由仏国行」の朱色のスタンプもあり。おそらくこの絵葉書は、明治36年に日本からシベリア経由でフランスに発信されて以来120年弱、ずっとフランスにあったのでしょう。それを今回、私が里帰りさせたというわけです。

あて先は・・・
985_002ed1.jpg
フランス共和国アルデーシュ県クリュア村の未婚の女性、アントワネット・フレストさん。
ちょっと分からないのは上から三行目の「Institutrice」という表記。Institutriceって、辞書を引くと「先生」という意味でしょ? 固有名詞ではないと思うんですよね・・・。「アルデーシュ県クリュア村の先生であるアントワネットさんへ」、という意味??? 宛先に職業を書くかね? まぁ、今から120年前のハガキだから、当時の習慣は分からんねぇ・・・。ただ、クリュア村って、今でも人口3,000人くらいみたいだから、今でも「クリュア村の先生であるアントワネットさん」という宛名で郵便物は届くんじゃなかろうか?

なんてことを考えながら、酔っぱらってネット上を検索してたら、ちょっと古いクリュア村の小学校の写真が見つかった。
http://copainsdavant.linternaute.com/photo/3eme-classe-filles-1957-ecole-publique-de-cruas-3884143
上リンクの写真は、1957年だから、今から約60年前。みんな可愛い。でも先生、コワそう。季節は冬なんですかね? みんな服が重厚。小学3年生らしいけど、女子校なのかね? 今では、みんな70代のおばあちゃんってとこかな? それはともかく、今回の絵葉書は上リンクの写真よりさらに55年くらい前。

「1903年当時にクリュア村で先生をしていたアントワネットさん」というのは、その気になったら、今でも探せるでしょうね。たぶんそれ程難しくないと思いますよ。

・・・・・・イヤ、そうじゃなくて、興味深いのは表面の写真でした。これが、長崎県の雲仙温泉なんですよ。次回(いつになるか分からんが)、紹介しましょう。