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2009年11月5日、バンコクに赴任しました。2011年9月1日、東京に戻りました。2013年10月1日、福岡に移住しました。
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福岡日日新聞社寄贈シリーズ4。
IMG_0012ed.jpg
タイトルは『那珂川より見たる福岡県立女子専門学校(正面)』。
これは珍しいと思います。
あ、ここでいう“珍しい”とは、絵葉書としてレアということじゃなくて、“資料性が高い”という意味ね。
初めにこの写真を見た時はちょっと考えた。どういうアングルで撮ったんだろう??? 左の三角屋根の頂点が欠けた特徴的な屋根は雨天体操場です。右は本館。どういうアングルから撮ると、こんな写真になるんだろう・・・???
分かってしまえばなんてことはない。この写真、講堂が無いんです。こちらで紹介したこの絵葉書と比べると一目瞭然です。比べてみましょうか。
IMG_0013eded.jpg
ね?建物が1つ増えてるでしょ? 一番上で緑だった所に講堂ができたんです。『50年史』によると、講堂が落成したのが大正14年(1925年)11月ですから、この絵葉書はそれ以前の写真ということになります。

でね、この絵葉書は、“福岡日日新聞社寄贈”のスタンプのある他の絵葉書と違って、画面上に追加のスタンプがあるんです。
IMG_0012ededed.jpg
わざわざ“開校当時”と追加のスタンプがあるんです。更にですね、他の福岡日日新聞社寄贈シリーズでは、『福岡県女子専門学校』表記なんですが、この1枚だけは『福岡県女子専門学校』表記。福岡県立女子専門学校と称していたのは、大正12年度と13年度の2年間だけです。この絵葉書は、福岡県立女子専門学校の最も初期の姿を捉えた1枚と言って間違いないでしょう。

それから、水際に何やら大きな石がいっぱい並んでますよね?左側を拡大してみましょう。
IMG_0012edededed.jpg
何かの石材っぽいですよね。画面真ん中には白い石が等間隔で横一列に並んでいるようにも見えます。これについては、『50年史』に、“・・・那珂川河口の石材荷揚場、それも主として墓石、そんな暗い印象ばっかりの須崎裏であったが・・・”という第8回生の手記があります。ってことは、ここに並んでる石って、墓石用の石材か!?女子大のすぐ裏は墓石かぁ・・・

また、ちょっと気になるのはですね・・・画面中央やや右の正門を拡大すると・・・
IMG_0012eded.jpg
右の門柱の上に丸があるのは同じなんですが、門柱しかないんです。肝心の門と両側に続くフェンスがまだできてない。この辺この辺と比較してみてください。

開校時の校舎は、『70年史』によると“内務省土木局から移譲された土木監督署の古い建物”だったそうだ。今でいう、国交省の地方整備局のようなものだろうか。上写真の門は、新たに建設途上の門なのだろうか? それとも土木監督署時代の門をリニューアルしている途中なのだろうか? いずれにしても正門が無い状態で開校したのかね・・・?

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