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2009年11月5日、バンコクに赴任しました。2011年9月1日、東京に戻りました。2013年10月1日、福岡に移住しました。
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これは11月24日に撮った写真なんですよね。
大分県日出町の大神というところには、その昔、日本海軍の基地があり、人間魚雷「回天」の操縦訓練等が行われていました。この場所は、元々、戦艦大和よりもさらに大型の超大和型戦艦を建造するためのドック用に日本海軍が接収した土地でした。しかしミッドウェイ海戦(昭和17年)後、巨大な戦艦を建造するという発想は無くなります。そして、昭和19年、回天という兵器が海軍に正式採用されると共に、この地に回天の訓練基地ができたというわけです。昭和19年に基地の建設開始、昭和20年4月に開隊、訓練開始。8月には第一陣として8名の隊員が愛媛県に向けて出航。この8名は、8月12日に愛媛県の麦ヶ浦基地にて、出撃待機命令を受けましたが、出撃することなく15日の終戦を迎えました。
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日出町にそんな歴史があったんですね・・・。

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回天記念公園には、実物隊のレプリカが展示されています。

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上部ハッチ。これ、狭いな・・・。ちょっとしたデブは入れないくらい狭いぞ。
このハッチから船内に入って一旦出撃したら、その後の成果に関わらず命は無いわけだよな・・・。

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後部のフィンとスクリュー。

このレプリカがある場所は、基地の中心施設であった「⑥魚雷調整場」の跡です。
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現在では、コンクリートの基礎が一部に残るのみ。

「⑥魚雷調整場」の隣には、「⑤魚雷調整プール」。
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これは、当時のプールがそのまま残されているのでしょう。このプールに魚雷を沈めて、水密検査等が行われていたようです。

以上、回天記念公園。ここには駐車場とトイレが整備されています。付近には、当時の遺構がありますので、訪ねてみましょうか。

※〇の番号は、こちらのパンフレットの番号です。
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