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2009年11月5日、バンコクに赴任しました。2011年9月1日、東京に戻りました。2013年10月1日、福岡に移住しました。
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こちらの続きです、第2回目。第1回を読んでない方は、ぜひ左リンクからどうぞ。
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「Shimabara Nagasaki」 絵葉書
これは絵葉書ですが、元ネタは長崎大学附属図書館のこちらですね。つまり、タイトル「H17 SHIMABARA」を絵葉書にコピーした物。私は未だオリジナルの鶏卵紙プリントが入手できていません。長崎大学付属図書館のデータベースにも高精細画像が入ってないので、残念ながらイマイチ使えない。

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「260 OBAMA」 鶏卵紙プリント
上の「Shimabara Nagasaki」と同じ海岸沿いの温泉ですよね。ただ、カメラがより引いた位置です。後姿の男が1人いるのにも注目しておきましょう。

さて、前回と今回の露天風呂、いずれも海岸の波打ち際、周囲の風景もよく似ています。比べてみましょう。
①k005
上: 前回の露天風呂
下: 今回の露天風呂
屋根の角度や柱の造りが明らかに違います。でもね、私は一目見て、これら2枚は同じ露天風呂で、建屋の形が違うのは、年代の違いだろうと思い込んでしまいました。だって・・・こんな海岸の波打ち際の特徴的な露天風呂を見たら、先ずは直感的に同じ場所だろう、と思ってしまいません? それに、この手の簡素な屋根だけ建屋は、台風が来れば一発でしょうから、短い時間間隔で建て替わっても不思議はありません。では、どっちが古いのだろう? それが知りたくて、写真をよ~く眺めたんです。

結果、分かったのはですね・・・前回の露天風呂と今回の露天風呂は、別の場所です。周りの風景は良く似ているんですが、これは、当時の小浜温泉の風景がどこも雰囲気的に似ていたためであって、細部が一致しないんです。一旦、同じ場所で、時代が違うのだろう、と思い込んでしまうと、抜け出すのに苦労しました。細部が違っていても、それは時代の差だろうという目で見てしまうので、抜け出すのにエラい時間がかかりましたよ。詳細は省きますが、この2つの露天風呂は別の場所です。ただし、背景を比べると、それほど離れた場所ではないはずです。

そっか・・・当時の小浜温泉には、こんな波打ち際に2つの露天風呂があったんですね・・・。今現在、小浜温泉の海際には、波の湯「茜」ってのがあるじゃないですか。これって、観光客目当てに安易に波打ち際に造ったのかと思ってたら! 満潮時に波が入ってくるような場所に温泉があるのは、少なくとも120年以上前からある、小浜温泉の伝統じゃないですかっ! イヤ、写真が残ってるのが120年前というだけで、実際にはおそらく何百年も前からあったのでしょうね。そう思うと、波の湯「茜」の魅力倍増! また行こう。できれば、高潮の時とかに行ってみたいね! ^_^;)

で、この2か所の露天風呂が同時に写っている写真がありました!
無題
「261 OBAMA」 鶏卵紙プリント
この写真、長崎大学附属図書館に収蔵されているのですが、私は未だ実物が入手できていません。ただ、幸いに長崎大学附属図書館に高精細画像(こちらです)が用意されているのでありがたい。

高精細画像を画面キャプチャで切り抜きます。
無題2
ホラねっ! 一目瞭然! 左が、前回の露天風呂。右が、今回の露天風呂。

これを文献と照らし合わせるとですね・・・
小浜温泉図  ←クリックで拡大
長崎県衛生公害研究所編(1988)『長崎県衛生公害研究所報 第29号(昭和62年度論文集)長崎県温泉誌II 小浜温泉』 長崎県衛生公害研究所. P. 31、図10を引用。

前回の露天風呂が「天徳湯」、今回の露天風呂が「新湯」の可能性が高いと言えそうです。ただ、これだけの情報から結論を出すのは、少々心許ない。確定的な事を言うには、新規の文献発掘が望まれますね。次回に続く。
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