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2009年11月5日、バンコクに赴任しました。2011年9月1日、東京に戻りました。2013年10月1日、福岡に移住しました。
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第1回第2回に続く、小浜温泉の古写真まとめの第3回です。ここまでの結論は、明治中期の小浜温泉には、現在の波の湯「茜」のご先祖様と言えるような、波打ち際の温泉が2つあった。1つが「天徳湯」、もう1つが「新湯」と呼ばれていた可能性が高い、です。ただ、断定するには文献情報が少な過ぎなので、ここでは暫定的に第1回の露天風呂を天徳湯(仮)、第2回の露天風呂を新湯(仮)と、命名しておきます。

さて、次。これも本邦初公開です (と思ってたんですが、こちらのブログによると、この写真のコピー絵葉書が「熱海温泉」として売られているらしいです ^_^;)。ただ、少なくとも長崎大学付属図書館には収蔵されていませんね。
⑦117 img367 ←クリックで拡大
タイトル無し・小浜海岸1」 鶏卵紙プリント
この写真は、台紙に張られているのですが、おそらくは個人のアルバムがページごとにバラされた物だと思います。欧米の古書店には、この手の「アルバムをバラしたページ」が良く売られています。アルバム丸ごとよりもページにバラした方が、トータルとして高く売れるんだと想像します。あ、やっぱり後姿の男がいるのにも注目して下さい。

この写真は、台紙に「Hospital in Nagasaki」(長崎の病院)という少々謎の手書き文字。さらにこの台紙の裏面には、フィリピンの教会の写真。なかなか意味不明なのですが、100年以上前に作られて、いつバラされたのか?も分からない個人アルバムの来歴を想像しても決して正しい答えにはたどり着かないでしょうから、あまり気にしないのが吉です。大事なのはあくまでも写真そのものが持つ情報です。フォトショップの無い時代、写真はウソをつきませんからね。

第2回の新湯(仮)が、コレですから・・・
⑤118 img368 ←クリックで拡大
少なくとも建物は、大変良く似てますよね? でも、もうダマされないぞ!(笑)

さて、今回の露天風呂、天徳湯(仮)でしょうか? それとも新湯(仮)でしょうか? 比べてみましょう。
ダウンロード
上: 天徳湯(仮)
中: 新湯(仮)
下: 今回の露天風呂

あれれ? 今回の露天風呂は、天徳湯(仮)とも新湯(仮)とも明らかに違うじゃん! ということは、小浜温泉の波打ち際における第三の露天風呂の発見かっ!? 波の湯「茜」には、3人のご先祖様がいるのかっ!???

しかしですね、右脇の石垣を拡大すると・・・
ダウンロードeded
左: 新湯(仮)
右: 今回の露天風呂
これは、同じ場所と言わざるを得ないでしょう・・・石垣がここまで偶然に類似することはあり得ません。というわけで、建屋の形は違いますが、今回の露天風呂は、新湯(仮)で決定です。

建屋の形が違うと同時に、右の旅館、第2回の写真には、竹(?)で支えたベランダがありますが、今回の写真にはありません。これは正真正銘、年代の差です。さて、では、どっちが古いんでしょうか? ・・・・・・・・・おそらく今回の写真の方が古いんだと思いますが、まだ精査できていません。どなたか、研究してみませんか? 高画質のスキャンをお送りしますよ!

この写真より10年くらい後の時代と思うのですが、明治34年出版の西洋人向け英文ガイドブックには、こう書かれています。「小浜の村は、海から見ると、絵のような美しさです。長い支柱で支えられたベランダを持つ家々が、高い石垣の上に建てられています。(The village has a picturesque aspect when viewed from the sea, the houses being built on a high stone embankment with their verandahs supported on long poles.)」 あ、正に写真の通りじゃん! 次回に続く。
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