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2009年11月5日、バンコクに赴任しました。2011年9月1日、東京に戻りました。2013年10月1日、福岡に移住しました。
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1か月ぶりにこちらの続きですね。
私にとっては大変悩ましい写真(後述)。
K122ed.jpg ←クリックで拡大
分かる人には、分かる風景と思います。同時におおっ!とちょっとビックリする人もいるかもしれません。写真の形態からしておそらく明治20年代と思います。
長崎県、島原半島の小浜温泉、画面の左にギリギリ豊後湯(今の郵便局辺り)が写っていないくらいと思います。他の写真と比較して、海沿いの建物(旅館)の詳しい検証をしてみたいんだけど、この写真はちょっと画質が悪いですね(これも後述)。

この写真で何より目に付くのは船ですよ! 拡大してみましょう。
K122.jpg
これが、明治中期の茂木-小浜間の蒸気船なんですよ。私が知る限り、明治期としては唯一の写真です。
 #マニアな人には、背後の山が森ではなく、畑もしくは草原らしいというのも要注目ポイント
意外と小さいんですよ・・・これ、何人乗りだろう?それに。茂木と違って小浜には当時桟橋が無いんです。どうやって接岸してたんだろう・・・?と思ってたんですが、おそらく当時の蒸気船は、接岸せずに、このように沖で手漕ぎ船に乗り換えていたんだと思います。当時の西洋人、こんな不便なことしてたんですよ。真っ白のスーツや純白のドレスにとって、これはさぞ不便だったことでしょう。

この船は、近年、夏に期間限定で運行している(今年もあるんだろうか?)、茂木と小浜を結ぶ「雲仙シーライナー」のご先祖様です。でね、「雲仙シーライナー」の広告には、「幻の航路」というフレーズが使われていましたが、この明治期の茂木と小浜を結ぶ蒸気船って、いつ頃から運行されているか? どなたかご存知でしょうか? たぶん誰も知らないでしょ??? そういう意味では確かに「幻の航路」です ^_^;) 簡単に調べてみましょう。

こういう時、どうやって調べるか? 当然ですが、当時の文献を調べる必要があります。幸い、小浜や雲仙は明治からの観光地。そうです!当時の旅行ガイドブックが残っているのですよ!これは大変便利。

●「網場で、3人の船員が付く船をチャーターして料金は1円60銭、風が良ければおよそ3時間」 (1884(明治17)年のガイドブックより)
明治17年の時点では、“風が良ければ”とある通り、この船はおそらく手漕ぎ船でしょう(帆は有ったかもしれんが)。蒸気船らしき記述は無いので、この当時、まだ蒸気船は無かったものと思われます。しかも長崎側が茂木ではなく網場。

●「夏の間は、茂木から小浜に毎日、小型の蒸気船が運航している。しかし、信頼性は高くない。がっかりしないためにも、長崎バンドのMessrs. Powers' storeに問い合わせることをお勧めする」、「もし、蒸気船が運航していなければ、旅客用平底船(passenger junk)と、通常の屋根無し船(ordinary open boats)は、いつでも利用可能」 (1893(明治26)年のガイドブックより)
明治26年の時点では、既に蒸気船が運航されていましたが、信頼性が高くない、つまり欠航が多かったのでしょう。そのため、事前に長崎のMessrs. Powers' storeに問い合わせるのが吉、とあります。Messrs.というのは、Messieursの省略形、日本語で言うところのムッシュ、ですよ。だから、Messrs. Powers' storeというのは、「パワーさんの店」もしくは「パワー商会」てな感じだと思います。茂木-小浜間の蒸気船の運行状況を何で長崎のパワーさんの店に聞かにゃならんのか? これだけでは意味不明ですが、この辺は情報が残っていると思いますから、その気になれば調べは付くでしょう。誰かやりませんか? ^_^;) 
なお、「長崎バンド」のバンドは、bundで、一般的には「海岸沿いの道」的な意味です。ただし、長崎バンドと言うと、長崎の海岸線の道から転じて、この場合は、大浦の外国人居留地を指します。当時、明治の中頃、大浦の外国人居留地には、多くの外国人(西洋人)が住むと同時に、多くの商社や西洋人向けの商店などがありました。パワーさんの店もそういった商社もしくは商店のうちの1つなんでしょう。ってことは、もしかしたら、最初期の茂木-小浜の蒸気船って、外資だったのか!? なんて可能性が無いとも言えません。この辺は情報が残っていると思いますから、その気になれば調べは付くでしょう。誰かやりませんか? ^_^;)

●「茂木から小浜まで毎日蒸気船が出ている、3時間」 (1899(明治32)年のガイドブックより)
明治32年には、特段の注記も無く、淡々とした記述になります。つまり、この頃には、特段の問題なく、普通に蒸気船が運航されていたということでしょう。

僅かこれだけの記述から、確定的な事は言えませんが、
茂木-小浜間の蒸気船の運行が始まったのは明治20年前後、20年代前半は欠航が多く、安定的に運行されるようになったのは30年前後か?
とは言えるのではないでしょうか。ということは、上の写真は、茂木-小浜間の蒸気船のかなり初期の姿である可能性が高そうです。さて、ここから先、誰か調べてみませんか?

あ、上で2か所に書いた「後述」を後述できなかった。これについてはまたいつか。

※上記ガイドブックとは、「A Handbook for Travellers in Japan」 の第2版、第3版、第5版です。オリジナルは、Kelly and Walsh社、およびMurray社ですが、著作権はとっくに切れているので、今では紙が欲しければForgotten Books版も買えます。PDFを無料公開しているサイトも結構あります。興味のある人はググって下さい。
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