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2009年11月5日、バンコクに赴任しました。2011年9月1日、東京に戻りました。2013年10月1日、福岡に移住しました。
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この写真、キャプションは、「A195 UNZEN KOJIGOKU AT NAGASAKI.」。フランスから里帰りさせました。

この写真は、長崎大学の図書館にも収蔵されていますから、新発掘ではありません。長崎大学付属図書館の物を実見していませんが、私が持っている物より、長崎大学付属図書館の物の方が高画質かも。私の物は、写真の写真の可能性があります。

この写真、キャプションに「KOJIGOKU」とあるため、世間では雲仙温泉の小地獄と思われている事が多いようです。青雲荘のロビーにも「明治期の小地獄」として飾られれいますね。

でもね、違うんです。この写真は、新湯です。画面右上の大きな湯けむりは大叫喚。この写真は、今でいう、新湯ホテル裏の山の斜面から撮られた物。おそらくは明治20年代と思います。明治30年頃には、外国人向けの新湯ホテル、雲仙ホテル、高来ホテルがオープンします。その直前の雲仙温泉新湯の風景。

明治20年代、雲仙温泉は、この写真にみられるようにホントに山奥の温泉でした。そこに長崎駐在や香港・上海・ウラジオ駐在の西洋人が避暑に来るようになった。そして、明治30年頃には、西洋人向けの新湯ホテル、雲仙ホテル、高来ホテルがオープンします。そこからが、雲仙温泉における避暑地時代の始まり。

以来120年。最近の雲仙温泉も、再び西洋人含めた外国人が多いじゃないですか。今の外国人に雲仙温泉をどうアピールしていくか? 課題ですね。

なお、私がどんなに頑張っても、これより古い雲仙温泉新湯の写真は出てこない可能性が大です。
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